私は毎月のように様々なセミナーを開催しており、参加された企業オーナーの方々からの相談に応じています。その中で特に印象深かったことの1つが、印刷事業の再構築に関する相談です。
相談者は、ある地方都市に根差した歴史ある印刷会社、ここでは「C印刷」と呼ぶことにします。C印刷の従業員数は20数名で、スーパーや近隣商店のチラシなどの販促物を主に手掛けています。近年ではホームページ制作も受注しています。
印刷に関しては、自社工場にCPT(刷版を作る装置)、印刷機、製本装置を完備し、デザイン制作室も設けています。ホームページ制作は、クラウドワークスなどの仲介ネットワークを通じてフリーランスのデザイナーに外注しています。
しかし、年々印刷物の受注が減少し、コロナ禍の影響でさらに落ち込み、2020年から2022年にかけて3期連続の赤字決算に陥りました。2023年に入り、コロナ禍も終息に向かっていますが、印刷需要の回復は見込めません。そこで、ネット通販サイトを立ち上げ、店舗向け販促物の受注を計画しています。この計画は、経営コンサルタントの指導のもと、2023年4月に始動する予定です。
ここからが本題です。相談を受けたのは今年の1月。私はこの計画を中止すべきだと即座に回答しました。その理由はいくつかありますが、最大のものは「印刷のネット通販は利益の薄い下請け仕事になりがちだから」です。
ネット印刷の主要顧客は実は印刷会社自体で、次に小規模な広告代理店やデザイン制作会社が続きます。現状ではネット印刷に進出することは、下請け業務を引き受けることを意味します。
しかし、C印刷は地域の商店や中小企業を主要顧客とする、自立した印刷会社です。営業ノウハウは蓄積されていますが、同業者や広告代理店、デザイン制作会社からの下請け受注の経験はありません。
下請け主体の印刷と直接受注の印刷では、求められる技術、ノウハウ、サービス要素が異なります。下請け業務では、価格、品質、納期という面で厳しい条件のもとで仕事を引き受けることが一般的です。
私は多くの「脱下請け」案件に関わってきました。脱下請けの成功の鍵は、営業力の獲得にあります。営業力を身につけた下請け企業は、ほぼ100%の確率で脱下請けに成功します。その理由は、下請け企業が品質(技術)、納期、価格という事業運営の三大要素に対して、親会社からの厳しい要求に応えてきた能力を持っているためです。そのため、下請け会社がエンドユーザーからの直接受注を行うと、商社や代理店、販売店は競争で劣ることになります。ただし、営業力を身につけること自体が非常に困難なのが現実です。
一方、これまでユーザーから直接受注してきた企業が下請け仕事を受ける場合、営業力という強みを活かすことができず、逆に品質、納期、価格という外注先への依存が弱みとなり、利益率が大幅に低下することがあります。多くの場合、これが赤字につながることになります。
C印刷の場合は、一見するとネット通販という時流に乗った事業転換のように見えますが、実のところ、さらなる赤字が膨らむ可能性が高いのです。
では、C印刷会社はどうすれば売上を回復し、赤字から脱却できるのでしょうか?次回は私が提案した事業再生案についてお話しします。