「要点を15秒で」「一言で言うと?」そんな情報のショートカットが当たり前の世の中ですが、本当に大事なことは、そんなに短く伝えられるものでしょうか。北野武さんのある言葉と、私自身が過去に犯した「手痛い失敗」を通じて、今こそ見直すべき「伝えることの本質」についてお話しします。
ショートカットばかりの世の中で、失われつつある「重み」
最近、若い人と話をしたり、スマートフォンを覗いたりしていると、世の中のスピード感に驚かされることがあります。 動画は15秒程度で次々と切り替わり、チャットツールでは「了解」のスタンプ一つで会話が完結する。ニュース記事でさえ、「3分で読める」と要約されたものが好まれる時代です。
ビジネスの現場でも、似たような風潮を感じることはないでしょうか。 「結論から言え」「要点を一言でまとめろ」「もっと手短に」。 確かに、忙しい経営者の皆様にとって時間は命です。無駄な時間を削ぎ落とし、効率的に業務を進めることは重要です。世間で声高に叫ばれている「DX(デジタルトランスフォーメーション)」や「業務効率化」も、突き詰めればこの「時短」を目指していることが多いように感じます。
しかし、私は時々、立ち止まって考え込んでしまうのです。 「本当に大切なことまで、ショートカットしてしまっていいのだろうか?」と。
例えば、あなたが創業した時の熱い想い。 社員と共に幾多の困難を乗り越えて開発した、新製品へのこだわり。 あるいは、長年付き合ってきた取引先との、言葉にし難い信頼関係。
これらを「一言で」伝えようとして、本当に伝わるでしょうか。 表面的な事実は伝わるかもしれません。「創業30年です」「新機能がつきました」「良い取引先です」。 でも、その言葉の裏にある「汗」や「涙」、そして「誇り」といった、人の心を動かす一番重要な“熱量”は、削ぎ落とされた情報の欠片からは、決して伝わってこない気がするのです。
以前、こんな話を聞いたことがあります。 世界的な映画監督でもある北野武さんが、ある新作映画の記者会見に臨んだ時のことです。 一人の記者が、北野監督に向かってこう質問しました。 「今回の映画で一番伝えたいことを、一言で表現してください」
よくある質問です。テレビのニュースで使いやすい短いコメントを求めたのでしょう。 しかし、北野監督はこう返したそうです。 「一言で伝えられるなら、わざわざ莫大な金と時間をかけて、2時間もの映画なんか作ってないよ!」
私はこのエピソードを聞いた時、膝を打つ思いでした。まさにその通りだ、と。 映画という表現手段を選んだのは、一言では言い表せない複雑な感情や、長い時間をかけなければ描けない物語があったからこそでしょう。それを「効率化」の名の下に要約してしまっては、作品を作る意味そのものが失われてしまいます。
これは、私たちのビジネスにおける情報発信でも同じことが言えるのではないでしょうか。 今の世の中、「タイパ(タイムパフォーマンス)」という言葉が流行り、情報のショートカットが常態化しています。 しかし、メッセージに秘められた奥深い情報こそが、本当に意味のある情報である場合、やはり50分以上の動画や、1万字を超える文章だって必要なはずなのです。
もちろん、ただ長ければ良いというわけではありません。中身がスカスカなら、それは単なる時間の浪費です。 重要なのは、**「その長大な情報を、飽きさせずに最後まで見せる、あるいは読ませるだけの技量」**があるかどうか。 現在の「DX」や「効率化」の多くは、ただ物理的な時間を短縮することだけに終始しているように見受けられます。
そうではなく、たとえ時間がかかっても、それに見合うだけの「充実した意味のある内容」を、熱量を持って提供すること。 相手が「時間を忘れて見入ってしまった」「気づいたら最後まで読んでしまった」と思えるような、密度の高い情報を届けること。 それこそが、本来あるべき「DX」や「効率化」の姿であり、私たち中小企業のオヤジたちが目指すべきコミュニケーションの形ではないかと、私は強く思うのです。
なぜ、日本の製造業のカタログは「機能」ばかり語るのか
さて、そんな「伝えることの本質」を考えた時、ふと我々の周りにある「伝えるための道具」を見渡してみると、少し残念な現状が見えてきます。
私は仕事柄、多くの製造業や卸売業、商社の方々とお会いする機会があります。 皆、日本のモノづくりを支える素晴らしい経営者の方ばかりです。 しかし、いざ「自社の製品をどうアピールするか」という話になると、途端に視界が狭くなってしまうことが少なくありません。
御社の会社案内や製品カタログ、あるいはWebサイトを思い出してみてください。 そこに並んでいる言葉は、どんなものでしょうか。
「業界最高水準の〇〇機能搭載」 「耐久性が従来比20%向上」 「特許技術〇〇を採用」
……いかがでしょうか。 ズラリと並ぶのは、製品の「スペック(仕様)」や「機能」の説明ばかりではないでしょうか。 もちろん、技術力は日本の宝です。苦労して実現したその機能を誇りたい気持ちは、痛いほど分かります。 しかし、あえて厳しいことを言わせてください。 それは、**「作り手の都合(プロダクトアウト)」**でしかないのです。
お客様(ユーザー)は、極端な話、あなたの会社の製品そのものが欲しいわけではありません。 その製品を使うことで、自分の抱えている「困りごと」が解決し、仕事が楽になったり、利益が出たり、生活が豊かになったりする、その「結果」が欲しいのです。 有名なマーケティングの格言に「ドリルを買いに来た人が欲しいのは、ドリルではなく『穴』である」という言葉がありますが、まさにそれです。
にもかかわらず、多くの企業は「うちのドリルは回転数がすごい」「グリップの素材が新しい」と、ドリルの自慢話ばかりをしてしまっています。 お客様がどんな穴を開けたくて、どんな素材に苦戦していて、どんな仕上がりを求めているのか。 そういった「お客様の悩み(マーケットイン)」から逆算して、解決策としての情報を提示できている企業は、驚くほど少ないのが現状です。
「いやいや小宮路さん、そんなことは釈迦に説法だよ。顧客視点が大事なんてことは、頭では分かっているんだ」 そうおっしゃる社長さんも多いでしょう。 確かに、頭では理解できている。しかし、いざカタログを作り、Webサイトをリニューアルする段になると、なぜか最終的には「機能説明」の羅列に戻ってしまう。
これは、ある種の「病理」に近いものを感じます。 なぜそうなってしまうのか。 一つには、それが「楽」だからです。 自分たちの詳しい土俵で、自分たちの言葉で語ることは、気持ちが良いし、手間もかかりません。 一方、お客様の抱える問題や課題を事前に調べ、その解決策となるような情報を噛み砕いて提示するのは、大変な労力を要します。 相手の業界の動向を知り、現場の悩みを聞き出し、それに合わせて自社の価値を「翻訳」して伝えなければならないからです。
もう一つは、長年染み付いた「良いものを作れば売れる」という成功体験の呪縛かもしれません。 かつての高度経済成長期なら、機能が良ければ売れたでしょう。 しかし、モノが溢れ、機能での差別化が難しくなった現代において、お客様は「機能」ではなく「自分のことを分かってくれるパートナー」を探しています。
マーケットインの情報開示がなされていない。 いくら口では「お客様第一」と言っても、アウトプットされる情報がプロダクトアウトなままでは、お客様の心には届きません。 私はこれを、非常に「もったいない」と感じています。 せっかくの素晴らしい技術や製品が、伝え方のボタンの掛け違いだけで、必要としている人に届いていないのですから。
……と、ここまで偉そうなことを書き連ねてきましたが、実は私自身、この「顧客視点」という言葉の重みを、身を持って痛感させられた、苦い、本当に苦い経験があるのです。 今思い出しても顔から火が出るような、私の「大失敗」について、次章でお話ししようと思います。
「ミイラ取りがミイラになる」とは、まさにこのこと
ここまで、日本の製造業における情報発信のあり方について、偉そうに苦言を呈してきました。 「お客様視点が足りない」「独りよがりな機能説明ばかりだ」と。
しかし、私がここまで熱くなってしまうのは、実は私自身が、その「独りよがり」の正体に気づかず、手痛い失敗をした過去があるからです。 今でも思い出すと、穴があったら入りたいほど恥ずかしい、「顔から火が出るような」出来事でした。
ある時、私はとある企業のWebサイト制作プロジェクトに参加していました。 最初の方向性を決める重要な会議でのことです。 私は、ここぞとばかりに熱弁を振るいました。
「御社の今のWebサイトは、自分たちの言いたいことばかりです!」 「もっとユーザーが何を求めているか、その情報を中心に開示すべきです!」 「マーケットインの発想がなければ、Webサイトなんて作る意味がありません!」
……いかがでしょうか。 言っていることは、正論です。間違ってはいません。 しかし、その時の私は、目の前にいるクライアント(お客様)の言葉に、全く耳を傾けていませんでした。
クライアントの方々は、長年の商売の中で培ってきた信念や、業界特有の事情、あるいは「こうしたい」という切実な想いを持っておられました。 それを聞こうともせず、私は「マーケティングの専門家」という仮面を被り、一方的に「あるべき論」を押し付けたのです。 「いや、そうじゃなくて……」と口を挟もうとする担当の方を遮り、「まずはユーザー視点です!」と畳み掛ける始末。
結果、どうなったか。 そのプロジェクトの話は頓挫しました。 そして、私は制作会議から外されました。つまり、失注です。
「なんで分かってくれないんだ」と、最初は相手を恨みました。 しかし、冷静になって振り返った時、背筋が凍る思いがしました。 「ユーザーの求める情報を中心にすべきだ」と言っていた私自身が、目の前の「ユーザー(クライアント)」が求めていることを完全に無視していたのです。
これこそ本末転倒。 「相手の話を聞け」と言いながら、自分が一番話を聞いていない。 「マーケットインが大事だ」と叫びながら、私自身が最も「プロダクトアウト(自分勝手な理屈の押し付け)」な提案をしていたのです。
ミイラ取りがミイラになった瞬間でした。 自分のバカさ加減に、しばらくは立ち直れないくらい落ち込みました。 「カタログがスペック自慢になっている」と批判していた製造業の方々と、私は全く同じ穴のムジナだったのです。
本来であれば、クライアントの意見、考え、悩みなどを余すことなく聞いた上で、時間をかけてゆっくりと丁寧に、私の考えを伝えるべきでした。 「なぜ、今マーケットインが必要なのか」という物語を、相手の腹に落ちるまで語り合うべきでした。 それを「効率的」に済ませようとして、正論という名の暴力で相手をねじ伏せようとした。 私の最大の失敗は、そこにあったのです。
この経験は、私にとって強烈な教訓となりました。 「理屈」だけでは人は動きません。「道理」と「情熱」、そして何より「相手への敬意」がなければ、どんなに素晴らしい提案も、ただの雑音に過ぎないのだと。
不透明な時代だからこそ、「物語」を丁寧に伝える
さて、最後に少し未来の話をしましょう。 これからの日本の国内市場において、景気の先行きは決して明るいとは言えません。 不透明で、不安な時代が続くでしょう。
そんな時代だからこそ、私たちはもう一度、商売の原点に立ち返る必要があります。 それは、小手先のテクニックや、横文字の流行り言葉(それこそ「DX」や「ソリューション」など)に踊らされることではありません。
自社の製品・サービスが、本当にお客様の役に立っているのか。 お客様の視点で再点検し、直すべきは直し、そして「お客様に伝わる言葉」で発信すること。 これに尽きます。
冒頭で触れた北野武さんの言葉を思い出してください。 「一言で言えるなら、映画なんて作らない」
私たちも同じです。 自社の製品やサービスの価値は、たった一言で、あるいは15秒の動画で伝えきれるような薄っぺらいものではないはずです。 開発の背景には、数え切れないほどの試行錯誤があり、社員の想いがあり、それを使うお客様のドラマがあるはずです。
もし、その情報が本当にお客様にとって価値のあるものなら、長い文章や、長い動画を恐れる必要はありません。 中身がスカスカなら短くすべきですが、相手を救うための「充実した意味のある情報」ならば、それは長くても必ず伝わります。むしろ、伝えなければなりません。
情報のショートカットが良しとされる時代に、あえて逆を行く。 時間をかけてでも、丁寧に、熱量を持って、自社の「物語」を語る。 それが、遠回りのようでいて、実はお客様との信頼関係を築く一番の近道(本当の効率化)なのです。
私も、あの時の失敗を胸に、今日もお客様の話に耳を傾けようと思います。 皆様もぜひ、一度自社のカタログやWebサイトを見直してみてください。 そこに書かれているのは「機能」ですか? それとも、お客様への「手紙」ですか?
もし、「ちょっと機能ばかりだな」と感じたら、ぜひ私たちとお話ししましょう。 御社の素晴らしい製品が、必要としているお客様に届くよう、一緒に「言葉」と「物語」を紡いでいけたらと思います。