閑話休題

お客様を惹きつける商品、儲けを生む商品

友人のケーキ屋さんが赤字で閉店する?
先日のことです。私の友人から、重苦しい電話がありました。友人といっても、年齢は私から一回りほど離れているのですが、その彼からの報告は「来月いっぱいでお店を閉店する」というものでした。彼が切り盛りするのは、とあるケーキショップ。彼は昔から料理をこよなく愛し、大阪の名高い料理学校で菓子作りの技を磨き、卒業後は著名な洋菓子店で研鑽を積み、数々の店を経験した末に、ついには自らの店を構えたのです。
その店は、立地の恵みもあって開店当初から今日に至るまで、外から見れば賑わいを見せていました。しかし、友人の口から出たのは「ここ数年、絶えず赤字経営が続いている」という厳しい現実でした。そして、もはや経営を続ければ、手元にある資金も尽き果てるという結論に至ったのだと言います。そうなる前に店を閉じ、再びゼロからのスタートを切りたいとのことでした。
私自身、経営者としての立場もあるため、どうにかして友人を支援したい一心で、彼のもとを訪れました。そして、彼のお店の収益構造や経営の状況について詳しく聞き、まずは赤字の原因を突き止め、解決策を一緒に考えてみることにしました。

大手チェーン店と原材料費高騰への対応策
その日、友人からの説明を受け、心が重くなりました。彼のケーキショップが直面している困難は、一言で言えば、大手チェーン店の出現と原材料費の高騰、この二つの波に飲み込まれかけているということでした。彼が言うには、「3年前に駅の反対側に大手チェーンのケーキ店が開店して以来、売上が3割程度落ちた。それに加え、この1年の間に原材料費が高騰し、利益率がさらに圧迫されている」とのこと。この二つが赤字の主要な原因だと言えます。
損益計算書を見れば、赤字の原因をもっと明確にできたかもしれませんが、友人の店は個人経営であり、詳細な損益計算書を作成していない可能性が高いです。また、友人に対してそこまで詳細な書類を要求するのは気が引けるというのが正直なところでした。
彼がとった大手チェーン店への対応策を詳しく聞くと、商品の点数を増やし、毎週目玉になるような創作ケーキを作ることで、購買動機を高めようとしたそうです。原材料費の高騰に対しては、商品を少し小さめに作り、飾り用のフルーツやチョコの質を落とすなど、顧客に気づかれないように工夫を凝らしたとのこと。
しかし、商品点数を増やした結果、彼と奥様だけでは対応しきれず、新たにパート店員を一人増やして合計3名になり、固定費としての人件費が増加したとのこと。これは、経営の基本であるFL(原材料費と人件費)を増やすことになり、さらに家賃を含めたFLRという飲食店経営の3大指標を悪化させてしまう行動であることを示しています。
友人のこの取り組みを聞き、私は内心で「これは経営戦略として絶対に避けるべき道を歩んでいる」と感じずにはいられませんでした。

やってはいけない間違いを犯した友人の商品戦略
私の友人が取り組んだケーキショップの戦略は、商売の基本から逸脱したものでした。経営戦略のイロハとして、特に小規模な店舗や会社が大手企業と正面から競合することは賢明ではありません。これでは、勝てる見込は限りなくゼロです。大手に対抗するには、彼らが手を出さない、または手を出せない分野に焦点を当てるか、あるいは完全に異なる市場に移動するかの二択しかないのが現実です。
しかし、友人はこの大原則に反してしまいました。彼が犯した最初の間違いは、商品の種類を増やすことでした。どれだけ品揃えを充実させても、大手チェーンのそれに匹敵することは不可能です。さらに、毎週新しい目玉商品を開発する戦略も、大手チェーンがすでに定期的に実施していることであり、特別な差別化にはなり得ません。大手は季節ごとにさまざまな新商品を大量に市場に送り出しています。
加えて、原材料費の高騰に直面しながらも、商品の価格を据え置くという選択をしました。これは、事実上の値下げであり、自らの経済的な首を絞める行為に他なりません。そして、さらなる問題として、商品点数の増加に伴う作業負担の増大から、人件費が上昇するという事態に至りました。
これらの戦略は、全てが逆効果に終わる可能性が高いという点で、致命的な誤りでした。友人は、経営の本質から逸脱し、大手チェーンとの直接対決という難題を選んでしまったのです。このようなアプローチは、短期的にはいくばくかの効果をもたらすかもしれませんが、長期的には持続可能な経営を難しくします。

私が考える大手チェーン店への対応策
このとき、友人の話を聞きながら私の頭の中では、次から次へと対応策が浮かんできました。
それは、まず商品ラインナップの絞り込みと新商品の投入です。新商品では、高価格帯でありながら、その価値を十分に感じさせる「豪華なショートケーキシリーズ」を開発すること。これは、ショートケーキサイズのデコレーションを1個1,500円以上という価格設定で、祝い事や特別な日の贈り物、あるいは自分へのご褒美としてのニーズを捉えるものです。ここで重要なのは、これを予約制(例えば、5個以上から受付で、前々日までに予約)とすることで、特別感を演出するとともに、生産効率化も図ることです。
次に、日常食を想定した「朝食用のパンと飲み物セット」「昼食用のサンドイッチと飲み物セット」を新たに投入します。これらは、ナプキンやスプーンなどもセットしてお持ち帰りし易いパッケージにして、公園のベンチでも食べられるよう工夫します。このように、忙しい日常の中での小さな楽しみや便利さを提供します。
さらに、手土産や小さなプレゼントに最適な「カラフルなマカロン」の製造も行います。この3つの新カテゴリーを商品構成の中心に据え、他の商品ラインナップは総点数を今までの半分に削減します。このように、品揃えを絞り込むことで特色を際立たせ、製造の効率化と廃棄ロスの削減を図ります。
製造体制については、惹きつける商品と儲けを生む商品の内製化を進める一方で、マカロンなど特定商品の製造は外部委託することで、コスト抑制と品質の維持に努めます。また、定番のケーキ類については、効率化の観点から外部業者に任せることを検討します。
このような取り組みの核となるのは、「高級だけどとっても美味しいケーキショップ」が提供する、日常に溶け込むパン・サンドイッチというコンセプトです。この一点をブレることなく守り抜くことが、友人のケーキショップを再び輝かせる鍵になると私は考えます。
大切なのは、その特色を消費者にしっかりと伝え、脳裏に焼き付けること。それが地域の人々に受け入れれれば、必ずや店は再び繁盛すると考えました。

惹きつける商品と儲けを出す商品の2つあれば何とかなる!
お店を繁盛させるためには、お客様を惹きつける魅力的な商品と、安定した儲けを生む商品、この二つが不可欠です。これは、ケーキ屋さん限らず、どんな商売や事業においても同じ原則が適用されます。
まず最初に大切なのは、お客様に足を運んでもらうこと。しかし、これはお客様の自由意志に委ねられており、直接的にコントロールすることはできません。そのため、お店に来店してもらうための強い動機となる魅力的な商品が必要です。そして、そのための商品は、高級で豪華なものであるべきです。この商品での利益は二の次で、赤字でも構わないのです。この商品がお店のイメージを決定づけ、ブランド商品として印象づけられればいいのです。
一方で、お店の収益を支えるのは、来店してくれたお客様が日常的に購入してくれる商品です。これは、お客様が毎日のように購入できるように飽きさせない必要があります。
この戦略の具体例として、1,500円以上のショートケーキサイズのデコレーションが顧客を惹きつける商品となり、朝食用のパンや昼食用のサンドイッチが儲けを生み出す商品となります。パンは特に、駅近くで働く多くの人々にとって便利で、毎日のように購入する可能性が高い商品です。コンビニのパンと同等の価格で提供しながらも、その味で差別化を図ることができれば、間違いなくお客様に受け入れられるハズです。
もちろん、パン作りには新たな学習が必要かもしれませんが、ケーキ作りで使用していた焼成機などの既存設備を再利用できるという点で、無駄な設備投資を避けることができます。また、必要に応じてパン生地の外注を検討することも検討します。このようにして、二つの異なる役割を持つ商品群を上手く組み合わせることで、お店を再生することは十分に可能だと考えます。

ラーメン屋さん、うどん屋さんも2つの商品で儲けを出している
このような、惹きつける商品と儲けを生む商品の戦略は、成功している飲食店に見られるセオリーです。
例えば、ラーメン屋さんでは、その独特なスープでお客様を引きつけ、サイドメニューの餃子やチャーハンで収益を上げる。うどん屋さんでは、麺のコシにこだわりを持ってお客様を惹きつけ、天ぷらやその他のトッピングで儲けを生み出す。これらは、どの業態にも適用可能な普遍的な経営戦略です。
友人のケーキショップの場合も、この戦略を応用するというわけです。この中で儲けを生み出す商品として考えた、朝食用のパンと飲料のセット、昼食用のサンドイッチと飲料のセットでは、この飲料が特に利益率を押し上げてくれる商品になります。これまでのところ、特定の飲料を積極的に売り出しているケーキ屋さんやパン屋さんを見かけません。実際、大手チェーン店でも、特別に企画開発した飲料は取り扱っていません。
また、定番飲料のコーヒーは、パンやケーキとの相性が良いことで知られていますが、コーヒー以外にも、ケーキやパン、サンドイッチに合うさまざまな飲料の可能性を探ることで、新たなお客様を引きつけるチャンスになります。例えば、フルーツティーやハーブティー、スムージー、または季節に合わせた特別な飲料など、様々なオプションが考えられます。これらの飲料は、利益率が高く、消費期限も長いため、廃棄ロスのリスクを減らしながら収益を上げることが可能です。
ケーキ屋さんが飲料を新たな利益の柱として開発することは、単に収益を増やすだけでなく、お店の魅力を高め、お客様に新しい来店動機を与え、再訪を促すことにもつながります。こうした取り組みが、お店独自のブランドをさらに確立し、差別化を図ることに役立つと考えています。

商売も経営も、結局は絶え間ない創意工夫の連続で成り立っている
経営とは、絶え間ない創意工夫の連続です。外から見える落ち着きとは裏腹に、経営者は常に次の一手を考え、時にはリスクを冒してでも新たなチャレンジを続けなければなりません。まるで水面下で懸命に足を動かすアヒルのように、見えないところでの努力によってお店や会社の持続的な経営を支えています。
私の友人の場合も、ケーキショップの閉店を決断した背景には、さまざまな試行錯誤とその結果があったのでしょう。その上でのお店の閉店もまた一つの選択肢です。しかし、それを決断するまでの過程で得た経験や教訓は、次なるステップへの貴重な糧となると確信しています。
結局のところ私は、頭の中に浮かんだアイデアを話すことはしませんでした。それは、やはり実行には、それなりの資金が必要となり、成功の保証はどこにもありません。また、実際問題として、もう再生するには手遅れではと考えたためです。
もし、私の考える再生案を実行するとしても、それは大手チェーン店が進出することが分かった時点で対策を打たないと、成功の確率は日を追うごとに低くなります。
このような外部環境の変化への対応は、時として迅速な決断と行動が求められます。しそうした環境の変化に即座に反応し、対策を講じることは経営の最も重要な原則です。
経営とは、成功と失敗の繰り返しであり、その過程で蓄積される知恵や経験が次への成長を支えるのです。私の友人にとっては、閉店は一つの終わりですが、同時に新たな始まりでもあります。この経験をバネに、次に向けて前進することを心から願っています。

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